谷口勇訳/ユーシープラニング/1995年
伯爵夫人(架空の人物)にあてた手紙という形式で書かれたイタリア旅行記。サドはその生涯のうち何度もイタリア旅行をしているが、本書で扱っているのは少女スキャンダル直後の逃避行である。
原題の「イタリア紀行、あるいはフィレンツェ、ローマ、ナポリの批評的、歴史的、政治的、哲学的論文」が示すとおり、単なる旅行記ではなく異文化というものへの深い考察を取り入れた哲学的な文化検証が特長。ルネサンス以後の芸術文化の衰退ぶりなど、「風俗の歴史」のフックスさながらの風俗文化の分析ぶりで、当時のイタリアの生活が細かく描写してあって興味深い。
しかし、やはりサドの著作らしく、全体的には彼が旅で見聞したものを右から左に描写してコメントしているだけの内容が大部分を占めている。「私は物事を見たままに書いております。私が執着したのは真実だけでして、バランスは無視したのです。」と、本文中でサドも言っている。
道中、イタリア観光の常として、美術館や教会などでサドはおびただしい量の宗教賛美の芸術作品を目にしているが、自称「狂信的なまでに無神論者」というサドだけあって、無神論的なコメントは随所に認められる。(例:ローマで訪れた教会にて「この美しいフレスコ画を眺めていると、芸術がこんなペテンを不朽にすべく必死になったのは悔やまれます。)
長編小説の単調なスタイルを忘れてしまうような流麗な文章で、なかなか完成度は高い。またサドの博学ぶりにも感心させられる。
(ザッピー浅野)