キリストの生涯を描いた「奇跡の丘」の映像美の世界に始まり、極限的なまでに内面的な哲学的境地にはまっていった中期、そしてひたすら退廃的でナンセンスなエロスの世界に落ちていった晩年。パゾリーニのその精神世界の移り変わりをのぞき込むような作品群と、いかにも芸術家らしいスタイルの変貌ぶりは、我々ヨーロッパのアンダーグラウンドな香りを愛してやまない若者達の心をつかんで離さない。イタリアではヴィスコンティやフェリーニなどの巨匠と比べると、ややユニークな位置づけとして知られる監督だが、イタリア映画界にひときわ異彩を放つその秀逸な作風において、やっぱり私たちにとってはヨーロッパといえば、パゾリーニなのである。後にも先にも、パゾリーニなのだ。以下にあげるは、おすすめパゾリーニ作品群である。
IL Vangelo Secondo Matteo/奇跡の丘 (1964)
それまで作られた宗教映画をくつがえすほどのインパクトを持った作品。と言っても、これは宗教批判作品でもなければ、飛び切り特異な角度から宗教を描いたものではない。純粋な聖書の"マタイによる福音書"を映画化した、イエス・キリストのバイオグラフィーである。まずその映像美、そして躍動的なキリスト像。どちらかというと左翼作家であったパゾリーニは、宗教という題材をかえってなんの皮肉も交えずに客観的に描ききることによって、画期的な作品を完成させた。
Uccellacci e Uccellini/パゾリーニの鳥 (1966)
二人の親子が散歩をしている。何やら難しい社会問題について論議する一羽の鳥が現れる。だんだんうるさくなってきた親子は、その鳥を焼いて食ってしまう。訳の解らない映画だ。
Edipo Re/アポロンの地獄 (1967)
古代ギリシャ、自らの父を殺して、母と結ばれる、ソフォクレスの「オイディプス王」の完璧映画化。美しくもパワーあふれる映像世界で、紀元前の古代文学がいきいきとよみがえる。
Teorema/テオレマ (1968)
一人の青年が、ある平凡なブルジョワ家庭に訪れる。青年は家族全員と肉体関係を持つ。そして青年が去ったあと、息子は芸術家に、娘は奇病に、家政婦は聖人に、母は色情狂に、父は自分の会社を労働者に空け渡して、裸で荒野を歩いてゆく。青年は現代に蘇ったキリストか。
Porcile/豚小屋 (1969)
古代では、一人の青年が父を殺し、人肉を食らう。現代では、一人の青年が婚約者との結婚を拒み、毎日豚小屋に向かう。彼の秘密は・・・?
I Racconti di Canterbury/カンタベリー物語 (1972)
主演、ピエル・パオロ・パゾリーニ。「デカメロン」「アラビアンナイト」とあわせてパゾリーニの"性の三部作"と言われる。パゾリーニが影響を受けたというチャップリンのパロディなども盛り込んだ、かなり笑える古代好色文学コメディの傑作。今までの象徴的で、難解で、哲学的な作品群と比べて、明るく陽気な古代ヨーロッパ人達の生(性?)活に光を求めている。何か明るい方向に向かっているようにも見えるが、しかし3年後パゾリーニは死んでしまった。
パゾリーニの映画は不思議だ。時には黒沢明の様な迫力と生命力を持ち、時にはチャップリン映画の様に可笑しく悲しく、時にはシュールなほどに難解で象徴的である。そして職人芸的なまでに芸術的な映像テクニック。彼の全作品を通して印象に残る荒野の風景は、もうほとんど駄目押しに近い、ニクイ、彼の持つカリスマ的芸術性を不動のものとする究極の精神オブジェクトである。
(ザッピー浅野)